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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)3548号 判決 1954年11月09日

主文

一、原告に対し、被告池島幸治は大阪市西区靱中通一丁目三番の一宅地二百三十坪七合三勺の土地上にある別紙第一目録記載の家屋及びこれを囲繞する塀その他の工作物を収去し、被告池島物産株式会社及び同岡林六郎は右家屋から退去し、それぞれ右土地を明渡し、且つ、右被告等三名は連帯して昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金一万七千三百五円、同年十月九日から右土地明渡済に至る迄は一ケ月金一万九千八百二十二円の各割合による金員を支払うこと。

二、原告に対し、被告池田キヨ子は大阪市西区靱中通一丁目二十九番の一宅地二十坪三合、同所同番の二宅地五坪七合五勺の土地上にる別紙第二目録記載の家屋及びその他の工作物を収去し、被告寺尾信夫は右家屋から退去し、それぞれ右土地を明渡し、且つ、右被告両名は連帯して昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金二千四百八十九円、同年十月九日から右土地明渡済に至る迄は一ケ月金二千八百五十一円の各割合による金員を支払うこと。

三、訴訟費用はこれを十分し、その九を被告池島幸治、同池島物産株式会社及び同岡林六郎の連帯負担とし、その一を被告池田キヨ子及び同寺尾信夫の連帯負担とする。

四、この判決は、原告に於て、被告池島幸治に対しては金十万円、同池島物産株式会社、同岡林六郎及び同池田キヨ子に対しては各金三万円、同寺尾信夫に対しては金一万円の各担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項乃至第三項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  原告は、昭和二十七年九月十六日訴外上田与三右衛門から(イ)大阪市西区靱中通一丁目三番の一宅地二百三十坪七合三勺(ロ)同所二十九番の一宅地二十坪三合、(ハ)同所同番の二宅地五坪七合五勺の土地を買受け、同月十七日その所有権移転登記を完了し、爾来これを所有している。

(二)  ところが、被告池島幸治(以下被告池島と称する)は、前項(イ)の土地上に別紙目録記載の家屋及びこれを囲繞する塀その他の工作物を所有し、被告池島物産株式会社及び同岡林六郎(以下被告池島物産及び同岡林と称する)は、それぞれ右家屋を使用し、以て右土地を共同占有して居り、又被告池田キヨ子(以下被告池田と称する)は、前項(ロ)及び(ハ)の土地上に別紙第二目録記載の家屋及びその他の工作物を所有し、被告寺尾信夫(以下被告寺尾と称する)は、右家屋に居住し、以て右土地を共同占有して居るが、各被告等はいずれも原告に対抗し得べき何等の権原をも有せず、それぞれ右土地を不法に占有して原告の所有権行使を妨げているものであるから、右土地を明渡すと共にその賃料相当額の損害を賠償すべき義務がある。

(三)  而して、第一項(イ)の土地の賃料相当額は昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金一万七千三百五円、同月九日以降は一ケ月金一万九千八百二十二円であり、又(ロ)及び(ハ)の同相当額は昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金二千四百八十九円、同月九日以降は一ケ月金二千八百五十一円である。

(四)  よつて、原告はその所有権に基き被告等に対し、主文第一、二項同旨の家屋及び工作物の収去、土地の明渡並に損害金の支払を求める。

旨陳述し、被告等の答弁事実を否認し、

(一)  被告岡林は、被告池島物産の取締役であつて家族六人と共に別紙第一目録記載の家屋に居住しているものであるから、同被告に独立の占有がないとはいえない。

(二)  仮に、被告池島及び同池田が前示訴外上田からその占有土地をそれぞれ賃借していたとしても、右両被告共その賃借権設定登記をしていなかつたし、又原告が右土地の所有権取得当時に於てその所有家屋について保存登記をしていなかつたから(被告池島が別紙第一目録記載の家屋の保存登記をしたのは昭和二十七年十月三日である)、たとえ、その家屋が家屋台帳に登載されてあり、又原告がそれを了知していたとしても、その賃借権を以て原告に対抗することができない。

(三)  なお、原告の父は昭和十七年頃迄右土地の東北約一町の距離にある大阪市西区靱下通一丁目に於て呉服商を営んでいたことがある関係上、その附近で旧営業を復活させたい強い希望を持つているので、原告は父の存命中その希望を実現させるため右土地を買受けた次第であり、又その際には再三被告池島等にその買取方を勧告したが、同被告等は言を左右にしてこれに応じなかつたものであるから、これ等の事情に徴しても原告の本訴請求は何等権利の濫用を構成するものではない。

と述べた。

立証(省略)

被告等各訴訟代理人は、いずれも原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

(一)  被告池島、同池島物産及び同岡林訴訟代理人は、原告の主張事実中、被告池島が原告主張の(一)の(イ)の土地上に別紙第一目録記載の家屋を所有していることはこれを認めるが、爾余の事実を争う。仮に原告がその主張のように右土地の所有権を取得したとしても、

(イ)  被告岡林は、被告池島物産の使用人として別紙第一目録記載の家屋を管理しているにすぎないから、同被告は右家屋の独立の占有者ではない。

(ロ)  原告が右土地の所有権を取得したと称する当時の賃料は一ケ月金六千円であり、その後原告から値上の請求がなかつたから、その後の賃料は依然として右同額であるところ被告池島は昭和二十七年九月迄は訴外上田を、同年十月以降は原告をそれぞれ受取人として大阪法務局は右同額の賃料を弁済供託しているから賃料の延滞はない。

(ハ)  次に、被告池島は、昭和十七年以降右訴外上田与三右衛門から前示(一)の(イ)の土地上にあつた同訴外人所有の家屋を賃借していたが、昭和二十年三月十四日の空襲の際焼失したので、同二十一年二月一日改めて同訴外人から右土地を賃借期間三十年の約定で賃借し、且つ同訴外人の承諾を得て別紙第一目録記載の家屋を建築し、爾来これを所有しているものであるが、原告は右賃借の事実及び右家屋台帳に登載されている事実を了知しながら右土地を買受けたものであつて、かかる場合被告池島は建物保護法第一条の所謂「登記シタル建物ヲ有スル」者と同視さるべき者であるから、同被告は前所有者の訴外上田に対する賃借権を以て原告に対抗することができるものといわなければならない。

(ニ)  仮に、右抗弁が容れられないとしても、被告池島が昭和十七年右訴外上田から前示土地上の家屋を賃借するにあたつては原告の父がその仲介者であつた関係上、同被告が改めて右土地を賃借し右家屋を建築して所有していることは原告に於てもこれを熟知していたが、偶々同被告が右家屋について保存登記をしていないことを発見するに及び奇貨措くべしとして、右土地の所有権を取得して本訴に及んだものであること、及び被告池島は右家屋を使用して家具製造販売業を営んでいるものであるが、今若し右家屋を収去しなければならないとすれば、他に転居先の困難な現在該事業はこれを抛棄せざるを得ないことになり、被告等はもとより、その従業員十数名並にその家族約百名は職を失い忽ち路頭に迷わざるを得ない状態に陥るべきは明かであるに反し、一方原告に於ては右土地を使用する緊急の必要がなく、只単に地上家屋を収去して転売せば相当の利益を挙げ得るとか、又は父の因縁浅からぬ土地であるから同所で呉服商を営みたいとの希望から本訴を提起したものであること等の事実を彼此考量すれば、原告の本訴請求は信義則に反し、正当な権利行使の範囲を逸脱したものである。

(二)  被告池田及び同寺尾訴訟代理人は、原告の主張事実中、被告池田が前示(一)の(ロ)及び(ハ)の土地上に別紙第二目録記載の家屋を所有していること及び同寺尾が右家屋に居住していることはこれを認めるが、爾余の事実を争う。被告池田は右土地をその前所有者の訴外上田から直接賃借していたものであるが、仮にそうでなく被告池島から転借していたものであつたとしても、右訴外人はこれを承諾していたものである。

旨陳述した。

立証(省略)

理由

先ず、被告池島、同池島物産及び同岡林に対する請求について判断する。

成立に争のない甲第一号証によれば、原告は、昭和二十七年九月十六日訴外上田与三右衛門から大阪市西区靱中通一丁目三番の一宅地二百三十坪七合三勺の土地を買受け、同月十七日その所有権移転登記を完了したことが認められ、被告池島が右土地上に別紙第一目録記載の家屋を所有していることは、右被告等と原告との間に於て争がなく、又被告池島が右家屋を囲繞する塀その他の工作物を設けていることは、同被告の明かに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

而して、証人下野多計夫の証言及び被告本人池島幸治の供述によれば、右家屋は被告池島物産がこれを使用して居り、又被告岡林はその家族と共にこれに居住していることが認められる。被告岡林は同池島物産の使用人として右家屋を管理しているにすぎないから独立の占有がない旨主張するが、右のように同被告がその家族と共に居住し、且つその居住部分が特定していることの主張立証がない以上、右家屋全部について独立の占有があるものと推認すべきであるから、右主張は採用し得ない。そうすると右被告等三名は共同して右土地を占有しているものといわなければならない。

よつて、右被告等の(一)の(ハ)の抗弁について按ずるに、成立に争のない甲第二号証、証人上田与三右衛門、同上田三子郎の各証言によつて成立を認め得べき乙第一号証及び同証言並に被告本人池島幸治の供述を綜合すれば、被告池島は昭和十七年春頃原告の父の斡旋により訴外上田与三右衛門から右土地上にあつた同訴外人所有の家屋を賃借していたが、昭和二十年三月十三日の空襲の際、焼失したので、同二十一年二月一日改めて右土地を木造建物所有の目的を以て賃借した上、同地上に別紙第一目録記載の家屋を建築し、該家屋が家屋台帳法所定の家屋台帳に登載されていることが認められる。そこで、右被告等は原告は右事情を知悉して右土地の所有権を取得したのであるから、かかる場合被告池島は建物保護法第一条に所謂「登記シタル建物ヲ有スル」者と同視さるべく、従つて訴外上田に対する賃借権を以て原告に対抗することができると主張する。しかし、借地権者が土地の旧所有者に対する賃借権を以て新所有者に対抗するには、その賃借権の登記があるか、又はその土地上に登記したる建物を有することが必要条件であつて、家屋台帳法による家屋台帳に所有事実が登載されているだけでは足りないものと解すべきところ、原告が右土地の所有権移転登記をした当時被告池島所有の右家屋は家屋台帳に登載されていただけで、その保存登記がなかつたことは成立に争のない乙第五号証によつて明白であり、又右の場合新所有者の善意悪意を問わないものと解されるから、被告池島は建物保護法第一条所定の保護を受けることができない。よつて、右抗弁は採用し得ない。

次に、右被告等は原告の本訴請求は権利の濫用であると主張する。しかし、原告が右家屋の保存登記がないのを奇貨として販売営利の目的で右土地を買受けたものであることは、右被告等の全立証によつてもこれを認め難く、却つて、原告本人の供述によれば、原告はかねてから右訴外上田与三右衛門に金融をしていたところ、同訴外人から右土地の買受若しくは売却斡旋方を依頼され、先ず被告池島にその買取方を慫慂したが、誠意ある回答が得られなかつたので、場所としてはそれほど望むところではなかつたが、家業である呉服商の店舗を設けるため自らこれを買受けたものであることが認められるし、又右被告等が挙示する事由はなるほど同情に値するところであるが、それだけでは原告の本訴請求を権利の濫用と断ずることができず、その他権利濫用の要件を満すべき特段の事情のあることについての主張立証がないから、右主張も亦排斥を免れない。以上の外、右被告等が前示土地を占有使用するについて原告に対抗し得べき正権原があることは、右被告等の主張立証しないところであるから、右被告等の前示土地の占有は不法のものと断ずるの外はない。そうすると、右被告等は共同して右土地を不法に占拠して原告の該土地の使用を妨げていることになるから、連帯してその損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。而して、かかる場合の損害額は反証のないかぎり右土地の賃料相当額と解すべきところ、鑑定人清水久米治の鑑定の結果によれば、右土地の一ケ月の賃料相当額は少くとも昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は金一万七千三百五円、同月九日以降は金一万九千八百二十二円であることが認められ、これに反する証拠がない。右被告等は、原告が右土地の所有権を取得した当時の約定賃料は一ケ月金六千円であつたから、その額によるべきである旨主張するが、本件の場合右額を基準とすべきものでないと解されるから、右主張も亦理由がない。なお、成立に争のない乙第四号証によれば、被告池島は右土地に対する昭和二十七年十月分の地代として金六千円を大阪法務局に弁済のため供託したことが認められるが、その供託の原因並に金額自体によつても債務の本旨にそうものといえないから、弁済の効果を生じないことは明らかである。

そうすると、被告池島に対し別紙第一目録記載の家屋及びこれを囲繞する塀その他の工作物の収去及び右土地明渡、被告池島物産及び同岡林に対し右家屋からの退去及び右土地明渡並に右被告等に対し本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金一万七千三百五円、同月九日から右土地明渡済に至る迄は同じく金一万九千八百二十二円の各割合による損害金の連帯支払を求める原告の請求は正当といわなければならない。次に、被告池田及び同寺尾に対する請求について按ずるに、成立に争のない甲第一号証によれば、原告は昭和二十七年九月十六日訴外上田与三右衛門から大阪市西区靱中通一丁目二十九番の一宅地二十坪三合、同所同番の二宅地五坪七合五勺の土地を買受け、同月十七日その所有権移転登記を完了したことが認められ、被告池田が同地上に別紙第二目録記載の家屋を所有すること及び同寺尾が右家屋に居住していることはいずれも同被告等の認めて争わないところであり、又被告池田が同地上にその他の工作物を設けていることは、同被告に於て明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。よつて、右被告等は共同して右土地を占有しているものといわなければならない。

而して、右被告等が前示土地を使用することについて原告に対抗し得べき正権原があることは、同被告等に於て主張立証しないところであるから、右被告等の前示土地の占有は不法のものといわざるを得ない。尤も被告本人池田キヨ子の供述によつて成立を認め得べき丙第一号証及び同第二号証の一乃至六及び同供述並に被告本人池島幸治の供述を綜合すれば、当初被告池島が訴外上田与三右衛門から右土地を賃借していたが、その後被告池田が右土地上の別紙第二目録記載の家屋を所有するに至つたので、右訴外人は己むなくこれを被告池田に賃借することになり、地代は便宜上被告池島が取りまとめて支払つていたことが認められ、証人上田与三右衛門及び上田三子郎の証言中右に反する部分はこれを信用しない。しかし、右賃貸借の登記がなく、右家屋については保存登記がなされていなかつたことは弁論の全趣旨に徴してこれを認めることができるから、右訴外人から前示土地を買受けた原告に対し右賃貸借を対抗し得ないものといわなければならない。

そうすると、右被告等も亦共同して前示土地を不法に占拠して原告の該土地の使用を妨げていることになるから、連帯してその損害を賠償すべき義務があり、その額は通常賃料相当額と解すべきところ、鑑定人清水久米治の鑑定の結果によれば、右土地の一ケ月の賃料相当額は少くとも昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は金二千四百八十九円、同月九日以降は金二千八百五十一円であることが認められ、これに反する証拠がない。

以上の認定によると、被告池田に対し別紙第二目録記載の家屋及びその他の工作物の収去及び右土地明渡、同寺尾に対し右家屋からの退去及び右土地明渡並に右被告等に対し本件訴状送達の翌日であることについて争のない昭和二十七年十月九日から同二十八年十月八日迄は一ケ月金二千四百八十九円、同月九日から右土地明渡済に至る迄は同じく金二千八百五十一円の各割合による損害金の連帯支払を求める原告の請求は正当といわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は総て理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

別紙

第一目録

大阪市西区靱中通一丁目三番の一地上

家屋番号五九番

一、木造杉皮葺平屋建店舗        一棟

建坪     三十三坪五合

一、木造杉皮葺平屋建工場        一棟

建坪     六十坪五合

一、本造杉皮葺平屋建居宅        一棟

建坪     四坪八合七勺

一、木造杉皮葺平屋建事務所       一棟

建坪     四坪

一、木造杉皮葺平屋建便所        一棟

建坪     一坪五合

別紙

第二目録

大阪市西区靱中通一丁目二十九番の一及び同番の二地上

家屋番号六八番

一、木造瓦葺平屋建店舗        一棟

建坪     十四坪六合三勺

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